温室効果ガス削減の取り組みのひとつとして、SBTという手段があります。SBTとは科学に基づいた国際的な温室効果ガスの削減目標です。SBTにおいては各企業の取り組みが国際的な組織によって評価・認証されるため、自社の目標の妥当性を証明できます。本記事では、SBTの概要と申請手順について解説していきます。SBTとは?SBTとSBTiSBT(Science Based Targets)とは、企業が設定する温室効果ガス排出削減⽬標のことです。パリ協定が求める⽔準と整合しており、科学的根拠に基づいています。SBTi (Science Based Targets initiative)とは、SBTの設定を支援・検証を行う運営機関(イニシアティブ)を指します。SBTiは以下の4つの機関により運営されています。WWF(世界自然保護基金、World Wide Fund for Nature)CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)WRI(世界資源研究所、World Resources Institute)UNGC(国連グローバル・コンパクト、UN Global Compact)短期目標(Near-term Target)と長期目標(Net-zero Target)SBTには今後5~10年の範囲で設定する短期目標(必須)と、10年以上先または2050年までにネットゼロを目指す長期目標(推奨)があります。短期目標の基準年と長期目標の基準年は一致させる必要があります。・短期目標目標設定を5~10年先とする1.5℃水準の排出削減目標です。毎年4.2%のScope1,2削減と2.5%のScope 3削減が求められます。・長期目標2050年またはそれ以前までにネットゼロを目指す長きににわたる目標です。Scope1,2,3全体で90%を削減することが求められます。*Neutralization:90%の削減を達成しても残ってしまう10%を炭素除去を目的としたクレジットの使用で相殺(中和)すること*BVCM(Beyond Value Chain Mitigation):バリューチェーン外で温室効果ガスの排出を回避または削減する活動、大気から温室効果ガスを除去・貯留する活動SBTに取り組むメリットステークホルダーに対するアピールができる企業が自社の持続可能性をアピールすることで、評価向上やリスクの低減、 機会の獲得といったメリットにつなげられます。 SBTは、気候科学に基づいて評価・認定された⽬標であるため、 パリ協定に整合していることが分かり易いといった点もあります。以下対象のステークホルダーごとのメリットです。投資家年⾦基⾦等の機関投資家は、中⻑期的なリターンを得るために、企業の持続可能性を評価します。SBT設定は持続可能性をアピールでき、CDPにおいても評価されるため、投資家からの ESG投資の呼び込みに役⽴ちます。顧客調達元へのリスク意識が⾼い顧客は、サプライヤーに対して⾼い⽬標や取り組みを求めます。そのため、SBT設定をすることはリスク意識の⾼い顧客の声に答えることになり、⾃社のビジネス展開におけるリスクの低減・機会の獲得につながります。サプライヤーサプライヤーが環境対策に取組まないことは、⾃社の評判の低下や、排出規制によるコスト増といったサプライチェーンのリスクになりかねません。SBTはサプライチェーンの⽬標を設定するので、サプライヤーに対して削減取組を求めることにつながります。逆に企業は、SBTで設定した削減⽬標をサプライヤーに対して⽰すことで、サプライチェーンの調達リスク低減やイノベーションの促進へつなげるチャンスと捉えることができます。従業員企業が省エネ、再エネ、環境貢献製品の開発に取組むことは、コスト削減や評判向上といった企業価値向上につながります。SBTは社内に対して野⼼的な削減⽬標を課すため、積極的な削減取組を求めることになります。SBTは野⼼的な⽬標達成⽔準であり、SBTを設定することは、社内で画期的なイノベーションを起こそうとする機運を⾼めることができます。SBT申請の手続き申請の手順申請の手続きはSBTのホームページから行います。①コミットメントレター(Commitment Letter)を事務局に提出する(任意)ここでいうコミットとは、2年以内にSBT設定を行うという宣言のことを指します。コミットした場合、SBT事務局、CDP、WMBのウェブサイトにてその旨が公表されます。2年以内にSBT設定を行わなかった場合は、「COMMITMENT REMOVED」という不名誉なステータスがリスト上に残ります。②⽬標を設定し、申請書を事務局に提出する申請書(Target Submission Form)を事務局に提出し、審査⽇をSBTi booking systemで予約する。申請書の記載事項は下記の12点。⽬標の妥当性確認に関する要望基本情報(企業名、連絡先など) GHGインベントリに関する質問(組織範囲など) Scope1,2に関する質問 バイオエネルギーに関する質問Scope3に関する質問 算定除外に関する質問 GHGインベントリ情報(Scope1,2,3排出量)削減⽬標(Scope1,2,3⽬標)⽬標の再計算と進捗報告補⾜情報申請費⽤の⽀払情報③SBT事務局による⽬標の妥当性確認・回答(有料)申請を受け付けた事務局側は、目標の妥当性確認をしてSBT認定の審査を行います。この目標の妥当性確認には、最大2回の目標評価を受けられる内容で、短期目標と長期目標、再申請等で金額が異なります。妥当性確認の概要項目内容評価対象企業・⼀次審査(申請書の記載事項に問題が無いか確認するもの)を通過した企業 ・発展途上国に本社が所在する企業は申請費⽤が免除される評価対象⽬標・⽬標を全てのSBT基準に照らして評価⽬標認定申請書・⽬標全体の妥当性確認や再提出を望むのであれば、申請書は全て記⼊しなければならないレビュー実施者・⽬標妥当性確認チーム(必要に応じてテクニカルワーキンググループやリーダーシップチームも参加)提供されるフィードバック⽔準・詳細なフィードバックが以下の形式で、評価の段階ごとに提供される ■申請内容が基準に合致していなかった場合に、⾮適合箇所に対処するための推奨事 項を含む包括的な⽬標妥当性確認レポート ■公式決定⽂書 ■リクエストに応じて、SBTiのテクニカルエキスパートとの60分間までのフィードバック回答期間・公式決定⽂書と⽬標妥当性確認レポートは、妥当性確認サービスが開始してから30営業⽇以内に発⾏される決定の有効性・旧バージョンのツール(⼿法)を⽤いてモデル化され、認定された⽬標は、最新のツール(⼿法)の発効後、6か⽉のみ有効。当該期間が過ぎると、⽬標は新しいツール(⼿法)を⽤いて再計算されなければならない。連絡・企業には認定の⽇(SBT事務局からの資料送付時)から1か⽉以内に、SBTiウェブサイ トでの公表⽇が割り当てられる。これは認定承認のメールで通知される。企業がこの⽇付に 合意しない場合、企業は認定された⽬標を6カ⽉以内に公開しなければならない。④認定された場合は、SBT等のウェブサイトにて公表⑤排出量と対策の進捗状況を、年⼀回報告し、開⽰⑥定期的に、⽬標の妥当性の確認(少なくとも5年に1度は再設定)申請にかかる費用2024年3月時点の費用申請内容金額短期目標(初回)$9,500短期目標(再申請)$4,750ネットゼロ目標$9,500短期目標とネットゼロ目標の両方(初回)$14,500短期目標とネットゼロ目標の両方(再申請)$12,750FLAG目標$7,500金融向け$14,500中小企業向けの短期目標$1,250中小企業向けのネットゼロ$1,250SBTの認定基準項目内容範囲(バウンダリ)子会社を含む企業全体のScope1,2をカバーする全ての関連するGHGが対象基準年・目標年基準年:存在するデータのうち最新年(未来の年を設定することは認められない)目標年:申請時より5~10年以内目標水準最低でも、世界の気温上昇を産業⾰命前と⽐べて1.5℃以内に抑える削減⽬標を設定しなければならない →SBT事務局が認定するSBT⼿法(2⼿法)に基づき⽬標設定 →総量同量削減の場合は毎年4.2%削減・Scopeを複数合算(例えば1+2または1+2+3)した⽬標設定が可能。ただし、Scope1+2及びScope3でSBT⽔準を満たすことが前提・他者のクレジットの取得による削減、もしくは削減貢献量は、SBT達成のための削減に算⼊できないScope2再エネ電力を1.5℃シナリオに準ずる割合で調達することは、Scope2排出削減目標の代替案として認められるScope3・Scope3排出量がScope1+2+3排出量合計の40%以上の場合にScope3目標の設定が必須・Scope3排出量全体の2/3をカバーする目標を、以下のいずれかまたは併用で設定すること ■総量削減:世界の気温上昇が産業革命以前の気温と比べて、2℃を十分に下回るよう抑える水準(毎年2.5%削減)に合致する総量排出削減目標 ■経済的原単位:付加価値あたりの排出量を前年比で少なくとも7%削減する経済的原単位 ■物理的原単位:部門別脱炭素化アプローチ内の関連する部門削減経路に沿った原単位削減。もしくは、総排出量の増加につながらず、物量あたりの排出量を前年比で少なくとも7%削減する目標■サプライヤー/顧客エンゲージメント目標:サプライヤー/顧客に対して、気候科学に基づく排出削減目標の設定を勧める目標報告子会社を含む企業全体のGHG排出状況を毎年開示再計算最低でも5年ごとに目標の見直しが必須SBTの設定手法Scope1,2のSBT設定手法として、「総量削減」、「SDA」の2つの手法を推奨しています。・総量削減全企業が排出総量を同じ割合で削減する手法。 基準年から毎年同量を削減していく想定で、申請時から5~10年後の目標を設定。・SDA総量削減アプローチは、全企業が排出総量を同じ割合で削減するものであるが、部門・業種・業態によって排出の実態やこれまでの削減取組の進捗も異なります。このため、SBTではいくつかの部門について、2050年の何らかの活動量当たりの原単位の低減水準を設定し、その部門に該当する企業は、その原単位まで下げるという目標を設定するアプローチも用意しています。手法概要基準認定水準総量削減• (当初の排出量実績に関係なく)全企業が排出総量を同じ割合で削減する手法。• 目標の設定と進捗状況の把握が容易で分かり易い手法。• 多くのセクターに応用が可能(ただし、使用が推奨されないセクターもある)。総量1.5℃SDA(Sectoral Decarbonization Approach)• IEAが定めたセクター別の原単位の改善経路に沿って削減する手法 • SDAを利用可能なセクターは下記の通り。■電力■サービス・商業ビル■住宅建築■セメント原単位1.5℃ (IEA B2DSシナリオ)中小企業向けSBTSBT事務局が中小企業の目標設定に向けて独自のガイドラインを設定 ◼ 通常のSBTとの違いは下記の通り中小企業向けSBT通常SBT対象従業員500人未満・非子会社・独立系企業-目標年2030年申請時から5~10年以内の任意の年基準年2018年~2022年から選択最新のデータが得られる年での設定を推奨削減対象範囲Scope1,2排出量Scope1,2,3排出量。但し、Scope3がScope1~3の合計の40%を超えない場合には、Scope3目標設定の必要は無し目標レベル・Scope1,2 1.5℃:少なくとも年4.2%削減 ・Scope3 算定・削減(特定の基準値はなし)下記水準を超える削減目標を任意に設定・Scope1,2 1.5℃:少なくとも年4.2%削減・Scope3 Well below 2℃:少なくとも年2.5%削減費用1回USD1,000(外税)前述の表を参照承認までのプロセス目標提出後、自動的に承認され、SBTi Webサイトに掲載目標提出後、事務局による審査(最大30営業日)が 行われる。事務局からの質問が送られる場合もあるまとめ大企業ほど取引先が多く、サプライチェーンの企業活動に対して影響力を持っているため、サプライチェーン全体への削減の働きかけを行う責任があるという考えが普及してきています。また、上流サプライヤーが自社で排出を削減した分は、下流の大手企業のサプライチェーン上の削減分として計上できるため、サプライチェーンへの働きかけはメリットになります。例えば、工場を自社で持たず外部に製造を委託している大手製造メーカーの場合は、自社だけでなく取引先にも再エネの利用を促しています。近年では日本でも主要なサプライヤー企業に対して、排出量実績の報告やSBT認定取得を求める大企業も増えてきています。このようなサプライチェーン全体への企業責任・コミットメントを問う考え方は、排出量削減のみならず、人権や生物多様性など、サステナビリティ全般に対して一般的となっているといえます。SBT申請に関する疑問やお悩みがございましたら、ぜひご相談ください。→https://jp-gx.com/contacts/sx