2023年10月、TCFDは2023 年の状況報告書の発表と同時に、その責務を果たして解散しました。FSB(金融安定理事会)はIFRS(国際財務報告基準)財団に対し、企業の気候関連財務情報開示の進捗状況の監視を引き継ぐよう要請しました。TCFDはこれまで多くの企業が賛同し、日本における気候関連財務情報開示の基準とされてきました。その責任を引き継いだIFRSについて、今後の対応に注目が集まっています。IFRSのS1・S2に向けたTCFD等の開示支援はこちらTCFDとISSB、IFRSについてTCFDTCFDは2015年にFSB(金融安定理事会)によって設立され、投資家らが企業の気候変動に関連する財務リスクを評価できるようにすることを目標に、企業に対する一貫した情報開示基準を策定しています。2017年6月に公表されてから現在に至るまで、気候関連情報開示の業界標準として機能しています。ISSB、IFRSISSBは、2021年11月のCOP26気候変動会議において、投資家、企業、政府、規制当局からの要望を受け、IFRS財団の下部組織として、非財務情報開示を行う際の統一されたサステナビリティ開示基準を策定することを目的に発足しました。ISSBの設立によって、これまで独立して存在し、非財務情報開示基準を作成していたCDSB(気候変動開示基準委員会)とVRF(価値報告財団)の2つの機関が統合されました。2023年6月、ISSBがサステナビリティ報告および気候変動報告に関するグローバル基準、IFRS S1(サステナビリティー情報の全般的な開示基準)とS2(気候関連の基準)を発表しました。IFRSの概要と要件IFRS S1IFRS S2開始日2024年1月1日〃目的財務報告書の利用者に役立つ、サステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報の開示を企業に要求すること。財務報告書の利用者に役立つ、気候関連のリスクと機会に関する情報の開示を企業に要求すること。要求企業に対し、企業のキャッシュ・フロー、財務へのアクセス、または短期、中期、または長期にわたる資本コスト(総称して「企業の見通しに影響を与えると合理的に予想される持続可能性関連のリスクと機会)企業に対し、企業のキャッシュ・フロー、財務へのアクセス、または短期、中期、または長期にわたる資本コスト(総称して「気候変動」と呼ぶ)に影響を与えることが合理的に予想される気候関連のリスクおよび機会に関する情報を開示することを要求しています。企業の見通しに影響を与えると合理的に予想される、関連するリスクと機会)規定企業が持続可能性関連の財務開示をどのように作成し報告するか。ユーザーが企業へのリソースの提供に関する意思決定を行う際に、開示された情報が役立つように、それらの開示の内容と表示に関する一般的な要件。IFRS S2 は以下に適用される。・ 気候関連の物理的リスク。・気候関連の移行リスク。・企業が利用できる気候関連の機会。企業の気候関連のリスクと機会に関する情報を開示するための要件。要件①企業が持続可能性関連のリスクと機会を監視、管理、監督するために使用するガバナンスのプロセス、統制、および手順。②持続可能性関連のリスクと機会を管理するための企業の戦略。③企業が持続可能性関連のリスクと機会を特定、評価、優先順位付け、監視するために使用するプロセス。④持続可能性関連のリスクと機会に関する企業のパフォーマンス。これには、企業が設定した目標、または法律や規制によって満たすことが求められている目標に対する進捗状況が含まれる。①企業が気候関連のリスクと機会を監視、管理、監督するために使用するガバナンスのプロセス、管理、手順。②気候関連のリスクと機会を管理するための企業の戦略。③企業が気候関連のリスクと機会を特定、評価、優先順位付け、監視するために使用するプロセス。これには、それらのプロセスが企業の全体的なリスク管理プロセスに統合され、通知されるかどうか、またその方法が含まれる。④気候関連のリスクと機会に関する企業の実績。これには、企業が設定した気候関連目標および法律または規制によって達成が求められている目標に向けた進捗状況が含まれます。TCFDとIFRS S2の比較ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標、の4つの開示項目をそれぞれ比較します。両者の内容は基本的に整合が取れているので、IFRSが追加で要求する項目や特異性がみられる項目について解説します。ガバナンスTCFDIFRS S2推奨される開⽰ a) 気候関連のリスクと機会に対する取締役会の監督について。•ガバナンス機関の気候関連のリスクと機会に対する責任が、委託条件、権限、役割、その他の関連事項にどのように反映されているかなど、より詳細な情報の開示を求められる。推奨される開⽰ b) 気候関連のリスクと機会の評価と管理における経営者の役割について。•表現の仕方が違うだけで、内容はほぼ一致している。戦略TCFDIFRS S2推奨される開⽰ a) 組織が短期、中期、⻑期にわたって特定した気候関連のリスクと機会について。•リスクと機会を特定する際に、業界ベースの開⽰トピックの適⽤可能性を参照し、検討することを企業に求める。•企業のビジネスモデルやバリューチェーンのどこにリスクと機会が集中しているかについて、より詳細な情報の開⽰も求められる。推奨される開⽰ b) 組織のビジネス、戦略、財務計画に対する気候関連 のリスクと機会の影響について。•企業が特定されたリスクと機会にどのように対応してきたか、また対応する予定であるかを開⽰する際、企業は、移⾏計画がある場合、および気候関連の⽬標をどのように達成する予定であるかを開⽰することが求められる。 •企業の財務状況、財務実績、およびキャッシュフローに対するリスクと機会の現在および予想される影響に関する開⽰を提供する際に、定量的および定性的情報が必要となる場合の基準を定めている。企業がリスクや機会の影響を個別に特定できない場合や、関連する測定の不確実性のレベルが⾼すぎる場合など、状況によっては定性的情報のみの開⽰が許可される。 •予想される財務上の影響に関する開⽰を準備する際、企業に対し、報告⽇時点で⼊⼿可能な合理的で裏付け可能な情報を過度の費⽤や労⼒をかけずに使⽤すること、また企業の状況に⾒合ったアプローチを使⽤することを求めている。推奨される開⽰ c) 2℃以下のシナリオを含む、さまざまな気候関連シナリオを考慮して、組織の戦略の回復⼒を記述。•IFRS S2 は、気候関連のシナリオ分析で使⽤する特定のシナリオを指定していない。 •企業のレジリエンスについての追加情報を求められる。 •気候関連のシナリオ分析を使⽤する際に、企業の状況に⾒合ったアプローチの使⽤と、過度のコストや労⼒をかけずに報告⽇時点で⼊⼿可能なすべての合理的で裏付け可能な情報を考慮することが求めている。リスク管理TCFDIFRS S2推奨される開⽰ a) 気候関連リスクを特定し、評価するための組織のプロセスについて。以下のより詳細な情報の開示を求められる。 •リスクを特定するために使⽤する⼊⼒パラメーター (データソース、対象となる操作の範囲、仮定の詳細)。 •リスクの特定のために気候関連のシナリオ分析を使⽤するかどうか、またどのように使⽤するか。 •リスクの特定、評価、優先順位付け、監視に使⽤されるプロセスを以前と⽐較して変更したかどうか。推奨される開⽰ b) 気候関連リスクを管理するための組織のプロセスについて。•開示内容は、ほぼ一致。 •気候関連のリスクと機会を特定、評価、優先順位付け、監視するために使⽤されるプロセスに関する情報の提供に重点を置いている。推奨される開⽰ c) 気候関連リスクを特定、評価、管理するプロセスが、組織全体のリスク管理にどのように統合されているかについて。•開示内容はほぼ一致しているが、機会の特定、評価、優先順位付け、監視に使⽤されるプロセスが企業のリスク管理プロセス全体にどの程度組み込まれているかについて、追加の開⽰を要求している。指標と目標TCFDIFRS S2推奨される開⽰ a) 企業が戦略とリスク管理プロセスに沿って、気候関連のリスクと機会を評価するために使⽤する指標を開⽰する。•IFRS S2では、TCFDガイダンスと同じカテゴリーで業界横断的な指標が必要。 •企業のビジネスモデルと活動に関連する産業別指標の開⽰が求められる。推奨される開⽰ b) スコープ 1、スコープ 2、および必要に応じてスコープ3の温室効果ガス(GHG)排出量と関連リスクを開⽰する。企業のGHG排出量に関連する以下の追加開示が求められる。 •(1)連結会計グループ、および(2)い関連会社、合弁会社、⾮連結⼦会社または関連会社に関するスコープ1およびスコープ2のGHG排出量の個別の開⽰。 •スコープ3のGHG排出量の開⽰。これには、企業が資産管理、商業銀⾏業務、または保険の事業を⾏っている場合、その企業の融資による排出量に関する追加情報が含まれる。 •スコープ3の測定フレームワークを定め、スコープ3のGHG排出量開⽰を準備するためのガイダンスを提供。 •IFRS S2は企業に対し、構成ガスごとにGHG排出量の開⽰を要求しないが、IFRS S1は、構成ガスの情報開示が重要な場合に、その開⽰が要求される。推奨される開⽰ c) 気候関連のリスクと機会、および⽬標に対するパフォーマンスを管理するために組織が使⽤する⽬標について説明する。•気候変動に関する最新の国際協定が⽬標にどのように影響を与えたか、また⽬標が第三者によって検証されたかどうかについて開⽰を要求している。 •企業の排出⽬標を達成するためのカーボンクレジットの使⽤計画に関する追加情報を含む、排出⽬標に関するより詳細な情報の開示。 •各⽬標の設定と⾒直しのアプローチ、および⽬標が部⾨別の脱炭素化アプローチを使⽤したかどうかを含む、各⽬標の進捗状況の監視⽅法に関する情報の開⽰。IFRS適用初年度の救済措置開示を気候関連情報に限定することができる 事後の報告を容認(年次情報を翌年度の半期情報のタイミングで報告が可能)スコープ3開示を要求しない既に他の測定アプローチを使用している場合には、GHGプロトコルの適用は不要比較情報の報告は不要(1 年目の開示を気候関連情報に限定する企業は、2 年目に気候以外のサステナ ビリティ関連のリスクと機会に関する比較情報の提供は不要)ISSBへの対応と日本の動向IFRSによるサステナビリティ関連の情報開示基準がグローバルスタンダードになるIFRSの現在の開示基準はS1(サステナビリティ情報の全般的な開示基準)とS2(気候関連の基準)の2つのセクションに分かれていますが、今後は生物多様性や人的資本、人権などに関連する開示基準としてS3やS4などの追加セクションも検討される予定です。ISSB基準の特徴的な点としては、財務諸表と同じタイミングでのサステナビリティ情報の開示が求められていることが挙げられます。従来よりも早い開示が必要とされており、企業はシステムの導入や内部統制など、社内の仕組みを整備することが必要となってきます。日本の動向日本では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)がISSB基準をベースに議論し、2025年3月までに国内基準を最終確定、2025年4月以降に開始する創業年度から適用開始となる予定です。すなわち、3月決算を想定した場合、2026年6月末までに公表される、2026年3月期に係る有価証券報告書から開示が可能となる予定となります。約4,000社の上場企業や有報提出企業が対象となる見込みです。日本ではまだSSBJが日本版の基準を作成している段階にあります。日本の企業がIFRS基準の情報開示を早急に求められるわけではありませんが、2025年4月以降の適用開始と同時に合わせられるようにISSBやSSBJの動向を追いかける必要があります。TCFDが解散したことで、気候関連情報の開示を行う必要がなくなったわけではもちろんありません。むしろ開示基準が統一されたということは、情報開示の必要性をより一層企業に求めていくことを表しているといえます。