はじめに 皆さんは「アクアポニックス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?地球の循環の仕組みを体現しているアクアポニックスは、自由研究や家庭菜園から未来の食料生産に至るまで、大きな可能性を秘めています。今回はそんなアクアポニックスの基本から展望に至るまでを解説していきます。アクアポニックスの基本原理 そもそもアクアポニックス(Aquaponics)という言葉は、水産養殖を意味するAquacultureと、水耕栽培を意味するHydroponicsを掛け合わせたものです。アクアポニックスとは、その名の通り、魚の養殖と植物の栽培を同時に行う栽培方法を意味します(有機農業、慣行農法、のような「農法」の名前です)。 日本では、(当時は「アクアポニックス」という名前は使われていなかったかと思われますが)「稲田養鯉(とうでんようり)」と呼ばれる水田での鯉の養殖が行われていました。近年では長野県の水産試験場にて、水田での食用ブナ養殖に取り組んでいるようです。(参考:水田での食用ブナ養殖 ~ 施肥から取上げまで ~) では、魚と植物を同時に育てる不思議な農法、アクアポニックスの仕組みを解説していきます。簡単に言うと、魚のフンや尿などの排泄物を、微生物が分解し、植物が栄養として分解した上で、きれいになった水を魚に与える、という循環型の仕組みになっています。 排泄物にはアンモニアが含まれており、放っておくと、アンモニアや亜硝酸など、魚にとって有害な成分が水の中に蓄積していってしまい、最終的には魚が死んでしまいます(筆者も自宅で魚を飼っているのですが、水を換えない日が続いたある日、1匹が帰らぬ魚となってしまいました)。 そのため、魚を飼う場合には、たとえアクアポニックスでなくとも、微生物によって有害な成分を分解する必要があります(熱帯魚ショップなどで水槽と一緒に、水槽の上部につけたり底に置いたりするフィルターが販売されているのはそのためですね)。微生物はアンモニアを亜硝酸に、亜硝酸を魚にとってほぼ無害な硝酸に変える働きを持っているため、水槽内の魚は生き続けることができます。 ちなみに、フィルターには最初から微生物が棲みついているわけではなく、数週間放っておくことで、自然発生的に微生物が棲みつくようになります。微生物は物の表面に存在するので、より多くの微生物が棲みつきやすいよう、表面積の大きな素材がろ材として求められます。アクアポニックスでは、「ハイドロボール」と呼ばれる多孔質の素材をろ材として活用することが多いです(100円ショップなどでも購入できる身近な素材です)。 さて、魚にとってほぼ無害な硝酸をそのまま水槽に戻してもいいのですが、それではもったいない!それを使って何かできないか!というのがアクアポニックスの腕の見せどころになっています。アクアポニックスでは魚に加えて、野菜や果物などの植物を育てることで、植物にとって必要不可欠な栄養素である窒素をメインに供給します。植物を通してさらにきれいになった水は、再び魚が暮らす水槽へと戻っていきます。通常は先ほどの微生物が住むハイドロボールを培地として、そこに植物を植えることが多いです(ハイドロボールが微生物の棲み家としてだけでなく、植物の根っこを固定する役割も担ってくれています)。 このように、魚の排泄物→微生物による分解→植物による吸収という循環が回っているのがアクアポニックスです。アクアポニックスの利点手間いらず アクアポニックスでは、植物と魚を同時に育てられるばかりでなく、餌やり以外の手入れ不要でそれを実現することができます。通常であれば必要な水槽のフィルター掃除や植物への水やりなどは必要なく、忙しい方でも気軽に取り組めますし、余計なコストをかけることなく食料生産を実現することができます。環境にやさしい アクアポニックスでは、一般的な農業のように、水をたくさん使ったり、化学肥料を撒いたりすることはありません。水は循環しているので使用量が劇的に抑えられますし、化学肥料を撒いてしまうと魚が死んでしまいます。一般的な農業では、農地からの肥料成分流出によって河川が汚染される(富栄養化状態になる)といった事態も発生しますが、循環型のアクアポニックスであればそういった心配も無用です。安心安全安定 アクアポニックスは化学肥料を一切使わない、循環型の食料生産システムです。気候や土壌環境といった外部環境にも影響を受けないので安定的な生産が可能ですし、化学肥料を使わずに透明性の高い生産を行えるので安心安全です。日本では有機農業として認められていないアクアポニックスですが、アメリカでは有機農業として認定されています。応用例 アクアポニックスの活用可能性は多岐に渡ります。ここではその可能性について解説します。 まずは家庭菜園として導入してみるのはいかがでしょうか。「野菜を育てたいけど土を運ぶのが面倒」「水やりを忘れて枯らしてしまったことがある」「どんな肥料をどれくらい与えればいいのかよくわからない」などなど、家庭菜園に関するお悩みをお抱えの方もいらっしゃると思います。アクアポニックスを導入することで上記の課題が解決するのみならず、魚を飼うことでワンポイントのインテリアや癒しとしても機能すると思われます。また、現在魚を飼われているご家庭であれば、アクアポニックスを導入することで、普段の面倒なフィルター掃除がなくなり、ついでに野菜もできるといったメリットがあります。 続いて、環境教育の一環として学校や塾などで導入するというのも大いに有効かと思われます。アクアポニックスは、(餌を除いて)その装置内で全てが完結する(循環する)という特徴があります。子供に環境問題について教えようと思っても、地球環境という大きなものに対して子供に当事者意識を持ってもらうのは難しいですよね。アクアポニックスであれば、魚のフンや尿が、微生物によって分解されて、それを栄養として植物が育つ、という地球の縮図を直感的に感じてもらえるのではないでしょうか。学年に合わせて、水温の監視システムや、太陽光発電によるポンプ駆動などに取り組んでみるのも子供たちの知的好奇心をくすぐるきっかけになるかと思います。 最後に、人類の食料生産のために活用する、という可能性です。昨今では気候変動や異常気象などの自然的要因、ロシアウクライナ戦争に象徴される政治的要因、少子高齢化に伴う担い手不足等の社会的要因など、様々な観点から今後の食料生産への不安が寄せられています。昨年の野菜価格の高騰に苦しんだ方も多いのではないでしょうか。アクアポニックスは先ほどもご説明した通り、簡単に取り組めて、安定的に、安心安全な食料生産システムです。全ての食料生産をアクアポニックスに切り替える必要はもちろんありませんが、各家庭で太陽光発電をすることで停電時でも電気が使えるように、アクアポニックスを各地域で行うことでレジリエントな食料生産が可能になると思われます。始め方 ここまで記事を読んでくださった方の多くは、アクアポニックスに魅力を感じて、実際に見てみたい!取り組んでみたい!と思ってくださっていると信じます。残念ながら日本でアクアポニックスに取り組んでいる主体は多くなく、有名どころでは神奈川県の株式会社アクポニさんや、新潟県の株式会社プラントフォームさんなどが取り組んでいらっしゃいます(アクポニさんは有料で農場見学を行なっているようなので、ご興味のある方はぜひ行ってみてください)。ですが、アクアポニックスに取り組むのは、個人単位でも全く難しくないので、ぜひチャレンジしてみてください(筆者も実際に自宅で取り組んでいます)。 アクアポニックスは非常に簡単に言えば、魚を入れる容器と植物を育てる容器とその間を繋ぐ仕組みがあれば作ることができます。ですので、高価な水槽などを購入しなくても、3000円程度で実現可能です(筆者はスーパーで頂いた発泡スチロール(原価0円)を使っています)。用意するもの魚を入れる容器(水槽となるもの)←これが透明だと外から魚を眺めることができます植物を入れる容器ポンプ←容器間の水移動のための動力として必要です。こちらはどうしても費用がかかってしまいます(エーハイムやカミハタといったメーカーのものがおすすめです)塩ビパイプ←ポンプに繋いで別の容器に移動させるために必要です他にも電動ドライバーやパッキンなど、細々としたものが必要になると思われますが、アクアポニックスに「こうでなければならない!」という型はないので、その都度ご自身のクリエイティビティを活かして試行錯誤するのが良いかと思います。そうした意味では、小学生の自由研究や図工の時間で取り組んでみると、それぞれの個性が現れて面白いかもしれません。今後の展望 ここでは筆者の主観にはなりますが、アクアポニックスの今後の展望に思いを馳せたいと思います。高効率で手間のかからない食料生産装置として、既存の食料生産を代替していく、というのが最も確からしい今後の展開のように思われます。その際には、再エネの余剰電力の活用や、データセンターや発電設備からの排熱利用なども併せて実装されていくことが予想されます。また、魚の排泄物だけでなく、鶏の飼育も行うことで鶏糞を活用する「チキンポニックス」も取り組まれていくと思われますし、将来的には人の排泄物の活用(下水処理場との接続)も考えられます(最近では下水処理場からのリン肥料の活用が盛んになっていますね)。もしかすると、人類が火星移住を果たした暁には、火星で食べる野菜と魚はアクアポニックス産になっているかもしれません。結論 ここまで読んでいただきありがとうございました。筆者自身、アクアポニックスを初めて知った時にはその魅力と可能性にワクワクし、様々な文献を読み漁り、実際に自宅でアクアポニックスを作るまでになりました。記事の中でも書いたように、アクアポニックスはそれぞれの立場に応じて、様々なものを組み合わせながら取り組むことができます。この記事を読んでアクアポニックスに魅せられた方はぜひチャレンジしてみてください!