企業が気候変動関連情報の開示に取り掛かる際、大半はガバナンスやリスク管理といった項目はすでに取り組まれています。戦略、とりわけシナリオ分析においては初めて取り組むといったケースが多く、リスクや機会の洗い出しなどに時間を割く必要性も相まって労力がとても大きいと言われています。この記事では、シナリオ分析とは何かという導入の部分から、分析の方法まで解説いたします。最後までお読みいただいてシナリオ分析にかかる労力を少しでも減らしていただけたら幸いです。シナリオ分析とは気候変動情報開示におけるシナリオ分析の「シナリオ」とは、気候変動に対する対策が進んで平均気温の上昇が2℃より低く抑えられた世界、あるいは対策が遅れて4℃上昇した世界など、気候変動の影響を受けた世界のことを指します。そうしたシナリオにおいて、自社の戦略上でどのようなリスクと機会が発生し、それがどのような影響を及ぼすのか分析を行います。これをシナリオ分析といいます。 TCFDのおさらいTCFDとは、企業の気候変動への取り組みや影響に関する財務情報についての開示のための枠組みです。気候変動関連リスクと機会について、以下の4分野を開示することを奨励しています。シナリオ分析は戦略の分野で開示を推奨されている項目の1つです。ガバナンス気候変動関連のリスクと機会に関する組織のガバナンス戦略気候変動関連のリスクと機会の選別、戦略や財務計画に与える影響リスク管理気候変動関連のリスクを特定、評価、管理するプロセス、リスク管理全体との統合状況指標と目標気候変動関連のリスクと機会を判断する指標、目標に対する進捗状況の評価をする指標と実績に基づく目標シナリオ分析を行う目的・メリットシナリオ分析を行う目的には、対外的な目的と内部的な目的があります。対外的な目的としては、シナリオ分析の開示結果によって、投資家・ESG格付け機関からの評価を得られるというもので、内部的な目的としては、自社の事業戦略を気候変動関連のリスクと機会の観点からレビューします。シナリオ分析は戦略の妥当性の確認TCFD開示で求められているシナリオ分析では、21世紀末の世界の平均気温が、工業化以前(1850-1900年の平均)と比べて、2℃(1.5℃)上昇するケースと4℃上昇するケースのシナリオを設定し、2つのシナリオにおける自社の戦略を検討します。シナリオというのはあくまで仮説であって、詳細な結果や予測を得ることが目的ではなく、将来の可能性を検討するための道具にすぎません。複数の可能性を想定し、戦略が長期的に継続して成果を出し、仮に変化が起こっても柔軟性をもって適応していけるのかを経営戦略として考慮し、中長期的な対策を検討するために分析を行います。シナリオ分析の進め方リスクと機会の洗い出し2℃(1.5℃)上昇するケースと4℃上昇するケースのシナリオを設定し、2つのシナリオにおいて起こりうるリスクと機会の洗い出しを行う。シナリオの設定既存のシナリオを参考に、自社の戦略に整合するシナリオを設定する。財務影響の算出自社の財務データなどを参考に、財務に影響を与えるリスクの度合いを定量的に算出し、対応策を提示する。可能な限り定量的な分析が望ましいですが、TCFD提言でも推奨されているように、取組初期段階にある場合はまずは定性的な分析から行ってみましょう。シナリオの種類以下にシナリオを発行している主な組織とそのシナリオについて記載しています。IPCC、IEAによるシナリオが一般的に広く参照されていますが、金融分野のリスク管理を目的としたNGFSのシナリオなどもあります。主要なシナリオの発行組織IPCC(気候変動に関する政府間パネル)1988年、国際連合環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって設立されました。国際的な専門家らによって構成される、地球温暖化の科学的な研究・整理のための政府間組織です。IPCCは地球温暖化に関する最新の知見の評価を行い、対策技術や政策の実現性や効果、対策を行わない場合の被害想定結果などに関する科学的知見の評価を提供しています。それらは評価報告書としてまとめられ、最新の報告書は2022年3月発行の第6次評価報告書(AR6)になります。IPCCは、将来の地球の温室効果ガスの増減を想定したRCPシナリオと、社会経済の発展の傾向を想定したSSPシナリオを発行しています。IEA(国際エネルギー機関)1974年に安定したエネルギー需給構造の確立を目的に設立されました。経済協力開発機構(OECD)の下部組織として、欧米を中心に日本を含む31か国が加盟しています。IEAの代表的な報告書に、中・長期にわたるエネルギー市場の予測を行っているWEO(World Energy Outlook)があります。NGFS(気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク)2017年、中央銀行や金融監督当局による、気候変動リスクへの金融監督上の対応を検討するために設立された国際的なネットワークです。金融セクターにおける環境及び気候リスク管理の発展や、持続可能な経済への移行を金融面からサポートすることを目的としています。日本は金融庁、日本銀行がメンバーとして加入しています。主要なシナリオと概要・RCPRCPシナリオとは、代表的濃度経路シナリオ(Representative Concentration Pathways)の略で、将来の地球の温室効果ガスの増減を想定した仮定のシナリオです。IPCCの第5次評価報告書(AR5)における気候変動、影響評価の予測のために採用されました。4種類のシナリオがあり、RCPの後ろの数字が大きいほど、2100年頃における放射強制力(地球温暖化を引き起こす効果)が大きく、気候変動への影響も大きいことを意味します。シナリオシナリオの概要SSP比較RCP2.6低位安定化シナリオ平均気温の上昇を2℃以下に抑えるシナリオ。SSP1-2.6RCP4.5中位安定化シナリオ温室効果ガスの排出を中程度に抑えるシナリオ。SSP2-4.5RCP6.0高位安定化シナリオ2100年頃をピークとしてその後徐々に温暖化が抑制されるシナリオ。SSP3-7.0RCP8.5高位参照シナリオ2100年頃に温室効果ガスの最大排出量を迎え、その後も温暖化が続くシナリオ。SSP5-8.5・SSPSSPシナリオとは、共通社会経済経路シナリオ(Shared Socio-economic Pathways)の略で、社会経済の発展の傾向を想定した仮定のシナリオです。第6次評価報告書(AR6)で、放射強制力とRCPシナリオを組み合わせる形で採用されています。SSPの後ろの数字の前半は5種のSSP(1:持続可能、2:中道、3:地域対立、4:格差、5:化石燃料依存)、後半はRCPシナリオと同様に2100年頃のおおよその放射強制力を意味します。シナリオシナリオの概要RCP比較SSP1-1.9持続可能な発展の下、1.5℃に抑えるシナリオ21世紀末の平均気温を工業化以前と比較して、1.5℃以下に抑える気候政策をとる。21世紀半ばにネットゼロを見込む。-SSP1-2.6持続可能な発展の下、2℃未満に抑えるシナリオ21世紀末の平均気温を工業化以前と比較して、2℃未満に抑える気候政策をとる。21世紀後半にネットゼロを見込む。RCP2.6SSP2-4.5中道的な発展の下、気候政策をとるシナリオ2030年までの国別排出目標(NDC)を集計した排出量上限に相当する。RCP4.5SSP3-7.0地域対立的な発展の下、気候政策をとらないシナリオRCP6.0とRCP8.5の中間SSP5-8.5化石燃料依存型の発展の下、気候政策をとらないシナリオRCP8.5・IEA WEOIEAの報告書WEO(World Energy Outlook)では3つのシナリオを想定しています。WEO2023の各シナリオでは、石炭、石油、天然ガスといった主要化石燃料の需要は、2030年までにピークに達し、その後減少するとしています。化石燃料は数十年間、総エネルギー需要の約80%を占めてきましたが、再生可能エネルギーと原子力の急速な成長により、化石燃料の優位性は今後数年で失われ始めるとされています。シナリオシナリオ概要上昇気温NZE(Net Zero Emissions by 2050 Scenario)2050年までのネットゼロエミッションシナリオ気温上昇を1.5℃(確率50%)に抑える道筋を描く。1.5℃(確率50%)APS(Announced Pledges Scenario)発表誓約シナリオ2100年の気温上昇を1.7℃(確率50%)に抑える。各国の目標やNDCなどの誓約が達成される想定。実現には大きな進展が必要。1.7℃(確率50%)STEPS(Stayed Policies Scenario)公表政策シナリオ2100年の気温上昇を2.4℃(確率50%)に抑える。意欲的な目標が自動的に達成されることは想定されていない。2.4℃(確率50%)・NGFS温暖化に伴う異常気象(物理的リスク) や脱炭素社会への移行(移行リスク)が経済・金融市場等に与える影響を推計したシナリオです。気候変動対策等の想定が異なる7つのシナリオで構成されています。シナリオシナリオ概要上昇気温Net Zero 2050ネットゼロ2050シナリオ早急かつ厳格な対策で2050年のネットゼロを実現。1.4℃Low Demand低需要シナリオ気候変動対策とエネルギー需要の抑制によって2050年ネットゼロ達成。1.4℃Below 2°C2℃抑制シナリオ早期に円滑な対策がとられ、気温上昇を2℃以内に抑制。1.7℃Delayed Transition移行遅延シナリオ2030年以降に対応が急速に促進されて。気温上昇を2℃以内に抑制できる。1.7℃Fragmented World分断化された世界のシナリオ各国の足並みが揃わず、地球温暖化が進行する。2.3℃NDCs各国目標シナリオ各国の目標が達成されるが、それでは対策が不十分であるがゆえに進行する。2.4℃Current Policies現行施策シナリオすでに実施されている施策のみにとどまり、追加対策が行われないため、温暖化は進行する。2.9℃まとめTCFDにおける戦略の分野の開示推奨項目「シナリオ分析」について解説してきました。複数のシナリオを想定し、各状況下で自社に及ぶ影響の予測と対策を考えることで、気候変動がもたらす不確実性の高い未来を生き抜くレジリエンス性の高い経営が見込まれます。昨年のTCFDの解散の記事「TCFDの解散、IFRS S1・S2 今後の情報開示への対応」でも触れていますが、企業は今後ますますステークホルダーから気候関連情報の開示を求められます。シナリオ分析だけでも取り組みにかかる負担の大きさは感じられるはずなので、一朝一夕にはいかない気候変動への対策を、必要に迫られる前からは始めることを強くお勧めします。TCFDやCDPの対応でお困りでしたら、些細なことでもぜひ一度ご相談ください。→GXコンサルティング