はじめに2月20日は「尿もれ克服の日」です。この記念日は、大阪の排尿障害克服の元患者による団体「ひまわり会」が2005年に制定しました。日付は「尿(2)も(2)れ(0)」の語呂合わせから来ており、尿もれに関する認識を高め、尿もれで悩む女性をゼロにすることが目的とされています。日本社会では尿もれ(尿失禁)は思った以上に身近な問題ですが、デリケートなため語られにくい傾向があります。本記事では、日本における尿もれの実態とその健康・心理・経済への影響を概観し、社会的持続可能性の観点から解決策を提案いたします。日本における尿もれの実態日本では尿もれに悩む人が非常に多く存在します。特に女性に多い傾向があり、健康な女性の約4人に1人が尿もれを経験しているとも言われています。潜在的な尿もれ患者は600万人以上にのぼると推計されていますが、実際に医療機関を受診している人はその1割にも満たないのが現状です。2024年に行われた意識調査でも、男女合計で30.5%もの人が「尿もれの経験がある」と回答しました。男女差も見られ、男性の27.5%に対し女性は33.5%と女性の方が割合が高く、特に女性は若い年代から悩む人が多い傾向があります。年代が上がるにつれて経験者の割合は増加し、女性では40代で3割を超え、60代で約41%、70代以上ではほぼ半数の48%が尿もれを経験しています。ある調査では、日本人女性の40歳以上では実に43.9%が尿もれを抱え、60歳以上では50%超との推計もあります。このように尿もれは中高年女性に極めて多い問題ですが、決して女性だけの問題ではありません。男性の場合も加齢に伴って増加し、前立腺肥大症などが原因で尿もれ患者が増えています。男性は40代までは尿もれ経験者が2割未満と少ないものの、60代以上になると3割を超える水準に達します。つまり、日本では高齢化に伴い男女とも尿もれに悩む人が増えており、*「誰にでも起こりうる身近な症状」*と言えます。尿もれにはいくつかのタイプがあります。代表的なのは、咳やくしゃみ、運動時など腹圧がかかったときに漏れてしまう「腹圧性尿失禁」と、トイレに行きたいと思ったら我慢できず間に合わない「切迫性尿失禁」、そしてこれらが混在する「混合性尿失禁」です。一般に日本人の尿もれの6割以上は腹圧性尿失禁が占めるとされ、特に出産経験のある女性や更年期以降の女性に多くみられます。一方、切迫性尿失禁は過活動膀胱(OAB)などに起因し、高齢者に多い傾向があります。混合性では腹圧性と切迫性の両方の対策が必要です。いずれの場合も、適切な治療やトレーニングにより症状の改善が期待できます(骨盤底筋を鍛える体操や尿道を吊り上げる手術〔TVT手術〕、薬物療法など)。しかし現状では、多くの人が「年のせいだから仕方ない」「恥ずかしい」と感じて受診をためらい、適切な対処がされていないのが課題です。尿もれが健康・心理・経済に及ぼす影響尿もれは本人の生活の質(QOL)に大きな影響を与えます。健康面では、尿が肌に触れることで皮膚トラブル(かぶれやただれ)を引き起こすことがありますし、尿路感染症(膀胱炎)を繰り返すリスクも高まります。また夜間に何度もトイレに起きる場合は睡眠不足につながり、転倒事故のリスクも増えると指摘されています。心理・社会面での影響も深刻です。常に「漏れていないか?」と心配しなければならず、ストレスや不安、羞恥心を抱えがちです。実際、尿意や尿もれへの不安から仕事や家事に集中できない、外出先でトイレの場所が気になって行動が制限される、といった声もあります。人によっては長時間の外出や旅行、運動を避けたり、水分摂取を控えるなど生活スタイルを制限せざるを得なくなり、社会活動の低下や引きこもりにつながるケースもあります。しかし水分を極端に控えると脱水や尿の濃縮によってかえって膀胱を刺激し、症状を悪化させる可能性も指摘されており、正しい対処が重要です。経済的な影響も無視できません。尿もれ用のパッドや大人用おむつなどのケア用品の費用負担は個人にとって年間相当な額になりえます。それだけでなく、尿もれによる通院や治療費、あるいは尿もれを気にして仕事を早退・欠勤したり、生産性が下がったりする間接的なコストも発生します。例えば日本では、過活動膀胱(尿意切迫感や切迫性尿失禁を伴う症状)による経済的損失が年間約9562億円にのぼるとの試算があります。このうちおよそ72%が仕事の生産性低下による損失であり、残りが治療費やケア用品費などの直接費用です。これは一例ですが、尿もれ・排尿障害が社会全体に与える経済負担が非常に大きいことを示しています。高齢化が進む日本では、このまま適切な対策が取られないと医療費や介護費の増大にもつながりかねず、持続可能な社会の実現という観点からも看過できない問題です。社会的持続可能性の観点での課題と対策こうした尿もれ問題に対し、ヘルスケアと社会的持続可能性の観点から包括的な取り組みが求められています。まず重要なのは、病気になってから対処するのではなく、予防医療の推進によって尿もれの発生を減らすことです。具体的には、若い頃から骨盤底筋トレーニングを習慣づけたり、出産後の女性に対するリハビリ指導を充実させたりすることが考えられます。また、尿もれが起き始めた初期段階で気軽に相談できる医療環境を整えることも予防の一環です。恥ずかしさから我慢せず、早めに治療や指導を受ければ症状の悪化を防ぎ、将来的な合併症リスクも低減できます。次に、社会の理解促進も欠かせません。尿もれは誰にでも起こり得る症状であり、適切に対処すれば改善可能なものです。この認識を広めるために、「尿もれ克服の日」のような啓発キャンペーンや患者会の活動は大きな役割を果たします。実際、企業や自治体も啓発に乗り出しており、例えば大手衛生用品メーカーのユニ・チャームは尿もれへの抵抗感を下げるための情報発信やイベントを積極的に行っています。骨盤底筋を強化する独自のウォーキング法「骨盤ウォーキング®」の教室を開いたり、セミナーで正しい対策法を紹介するといった取り組みは、尿もれに悩む人々の意識改革につながっています。社会全体で尿もれをタブー視せずオープンに語れる雰囲気を作り、職場や公共の場でも配慮し合える環境を醸成することが大切です。例えば職場でトイレ休憩をとりやすい風土を作る、公共施設に失禁に配慮したゴミ箱や更衣室を設置する、といったインクルーシブな環境整備も検討に値するでしょう。さらに、エコな製品の活用も持続可能な社会の観点から重要です。尿もれ対策用品には使い捨ての紙おむつやパッドだけでなく、繰り返し使える布製パッドや吸水ショーツなど環境負荷の少ない選択肢も出てきています。軽い尿もれであれば洗って再利用できる製品を使うことでゴミを減らし、経済的負担も抑えられます。また、メーカー側でも製品の環境配慮が進んでおり、生分解性素材の利用や包装の削減などが模索されています。医療・介護の現場では、必要以上に使い捨てず適切な量を使う工夫や、吸収量の高い製品で交換回数を減らすといった取り組みも行われています。これらは使用者本人の意識改革だけでなく、業界全体でのサステナブルなイノベーションによって進める必要があります。環境に配慮した尿もれ対策尿もれ対策を語る上で、環境問題にも目を向ける必要があります。高齢化する日本では、大人用おむつや失禁パッドの使用量増加に伴い、それらの廃棄物が環境に与える影響が懸念されています。2020年の調査によれば、日本国内で廃棄された紙おむつ類(主に介護用途)は年間225万トン以上にも達し、一般ごみ全体の5%以上を占めました。自治体によっては焼却ごみの1割が紙おむつというケースもあります。環境省の推計では、この量が2030年には245万トンを超える見通しで、年々増加が避けられない状況です。紙おむつ廃棄物は高含水率ゆえに焼却や輸送時の負荷が大きく、環境面・コスト面双方で問題視されています。燃やす際に助燃剤が必要な上、プラスチック素材を含むため一旦燃え始めると焼却炉に高温の負担をかけるなど、処理には課題が多いのです。こうした背景から、現在各地で使用済み紙おむつのリサイクルが模索されています。自治体と企業が協力し、使用済みおむつを回収・殺菌してから素材ごとに分離し、燃料や再生パルプにする試みが始まっています。例えば福岡県大木町や千葉県松戸市などでは、使用済み紙おむつを洗浄・乾燥して破砕し、ペレット燃料化する事業を進めています。鳥取県伯耆町では紙おむつごみの全素材を固形燃料に変えることに成功し、廃棄物の資源化を実現しました。さらに注目すべきは、ユニ・チャーム社が2020年に確立した紙おむつの水平リサイクル技術です。これは使用済みおむつからパルプなどを取り出しオゾン処理で高品質化して、新たな紙おむつの原料に戻す試みで、世界でも先進的な循環型モデルです。この技術によって再生された新品のおむつは既に一部地域の介護施設等で利用が始まっています。しかし、2022年時点ではこうしたリサイクルを本格実施している自治体は全体の1~2%に留まっており、インフラ整備はまだこれからです。環境省は2030年までに紙おむつリサイクルに取り組む自治体を100箇所に増やす目標を掲げており、今後さらなる拡大が期待されています。個人レベルでも、環境に配慮した尿もれ対策が可能です。上述のように軽失禁の場合は布製パッドや吸水ショーツの利用で使い捨てごみを減らせます。また、使い捨て製品を使用する場合でも、適切な分別や地域の回収サービスを活用することが重要です。自治体によっては紙おむつ専用の回収ボックスを設置し、資源化プロジェクトに協力しているところもあります。使用済みおむつを他の可燃ごみと混ぜないよう配慮するだけでもリサイクル効率は上がります。さらに今後技術が進めば、ご家庭でも手軽に使える小型のおむつ処理機(殺菌・乾燥して燃料化する装置)などが登場する可能性もあります。一人ひとりの工夫と協力が、尿もれ対策の環境負荷低減につながります。尿もれ予防と対策:今日からできること尿もれは適切な予防策によってリスクを下げたり、症状の進行を遅らせたりすることができます。日常生活に取り入れられる予防と対策のポイントをいくつかご紹介します。骨盤底筋トレーニングを習慣に:尿もれ予防には骨盤底筋(骨盤の底で膀胱や子宮を支える筋肉群)を鍛える体操が有効です。いわゆるケーゲル体操など、意識して骨盤底の筋肉を締める運動を毎日続けることで、腹圧性尿失禁の改善・予防が期待できます。産後や更年期の女性は特に意識して行うとよいでしょう。最近は椅子に座ったままできるトレーニング機器やスマホアプリによる指導も登場しています。最初は難しく感じても、続けることが大切です。適度な運動と体重管理:普段から適度に体を動かし、筋力を維持しましょう。肥満は腹部に脂肪がつくことで膀胱への圧力が高まり、尿もれのリスク要因となります。ウォーキングや軽い筋力トレーニングで体幹や下半身の筋肉を鍛えることは、骨盤底筋のサポートにもつながります。逆に急激な高負荷の運動(ジャンプなど衝撃の強い運動)は一時的に腹圧を高めるので、症状がある場合は控えめにして様子を見てください。生活習慣の見直し:日々の生活習慣も尿もれに影響します。まず便秘を防ぐことが重要です。便秘で常にいきんでいると骨盤底に負担がかかり、尿道を支える筋肉が弱まる原因になります。食物繊維や水分を適度に摂り、規則正しい排便習慣をつけましょう。また、膀胱に刺激を与えやすい飲み物(カフェインを含むコーヒー・緑茶、アルコールなど)は控えめにし、寝る前や外出前の過度な水分摂取は避けることも有効です。ただし水分を我慢しすぎるのも逆効果なので、喉が渇かない程度に少量をこまめに飲むと良いでしょう。さらに、喫煙者は禁煙を検討してください。長年の喫煙で慢性的な咳が出るようになると腹圧性尿失禁を悪化させる恐れがあります。実際、咳やくしゃみは尿もれの大きな誘因ですので、花粉症の季節などは特に骨盤底筋を意識して体を支えるようにしましょう。服装の工夫:日常的に締め付けの強いガードルやコルセット類の使用は避けた方が無難です。過度な矯正下着は腹圧を高めたり骨盤の動きを妨げたりするため、骨盤底への負担となることがあります。リラックスできる服装で過ごし、血行を良くすることも大切です。また、生理用ナプキンで代用せず専用の尿もれパッドを正しく装着することで、万一の漏れも吸収され下着や服を汚す心配が減ります。適切な製品を使えば心の余裕にもつながります。膀胱トレーニング:切迫性尿失禁の傾向がある方は、医師や看護師の指導のもとで膀胱訓練を行う場合もあります。これは、尿意を感じても少し我慢して排尿間隔を徐々に延ばしていく訓練法です。自宅でできるセルフケアとして、時間を決めてトイレに行く定時排尿も有効です。「○時間ごとにトイレに行く」と決めておけば強い尿意を感じる前に排尿できるため失敗が減ります。ただし無理な我慢は禁物ですので、あくまでできる範囲で実践しましょう。専門家への相談:予防や対策をしても改善しない場合や生活に支障が出ている場合は、遠慮なく専門医(泌尿器科や婦人科)に相談してください。日本泌尿器科学会によると、腹圧性尿失禁には骨盤底筋訓練のほかにもペッサリーの装着や外科的治療、切迫性尿失禁には膀胱訓練や薬物療法など、症状に応じた様々な治療法があります。最近は日帰り手術や低侵襲治療も発達していますし、薬も副作用の少ないものが使われています。一人で抱え込まず、専門家の力を借りることで適切なケアプランを立てることができます。以上のような対策を組み合わせれば、尿もれの予防と改善に大いに役立ちます。ポイントは、恥ずかしがらず早めに対処することと、日頃から筋肉や生活習慣に気を配っておくことです。尿もれは加齢や出産である程度は誰にでも起こり得るものですので、「もし起きてもきちんと対策すれば大丈夫」という前向きな心構えで臨みましょう。おわりに「尿もれ克服の日」をきっかけに、尿もれという身近ながら深刻な問題に目を向け、社会全体で支え合いながら克服していくことが求められます。日本における尿もれ患者の実態を知るとともに、健康面・心理面・経済面での影響を理解し、予防・治療・環境対策まで含めた包括的なアプローチが重要です。ヘルスケアの充実と持続可能性の両立という観点から、個人の努力だけでなく医療者や企業、行政が一体となって取り組むことで、尿もれに悩む人が安心して暮らせる社会を目指したいものです。その積み重ねが、高齢化社会におけるQOL向上と医療費抑制、さらには環境負荷低減にもつながっていくでしょう。尿もれで悩む方々が一日も早く笑顔を取り戻せるよう、皆で理解を深め前向きに支えていきましょう。